東日本大震災

ついに1か月このブログを放置してしまいました…。

あの戦後最大の災害からもう2週間ちょっと…。
次々に分かってくる被害の全容…日々どうなるかわからない原発…
本当にあっという間の2週間でした…。

報道も、だんだん絶望的な被害の様子から、復興についての報道になってきましたね…。
被災10日目に発見された、80歳と16歳の方の奇跡的救出には
本当に勇気づけられました!!
私の周り(関東)は、買占めやガソリン不足のパニックも解消されてきて
だんだん元の生活を取り戻してきたように思います…。
でも被災地で先の見えない避難生活をされている方たちの事を思うと、
本当に言葉もありません…。

被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
そして、この度の地震で亡くなられた方に、心よりご冥福をお祈り申し上げます…。


地震の日ですが、私は夜勤でこれから家を出ようという時でいた。
我が家には地震警報器があるのですが
それが『震度3まで50秒前』というので、
避難訓練!避難訓練!!なんて気軽な気持ちで
こころを抱っこし、机の下に潜り込んで
警報器のカウントダウンを聞いていました。
それがまさかこんな大震災になるなんて…。

机の下にいると、ゆっくりゆらゆらと…
おっ来た!!と思っていたら、どんどん揺れが強くなって…(汗)
クローゼットの上の段の物が沢山落ちてきました…棚の上の物が落ちました…
机の下から、物が次々に落ちてくるのもを見て、ベッドに寝ていたら…と怖くなりました。
寝るときはクローゼットを閉めて寝ようと心に決めました。
こころはその異様な雰囲気に体をガチガチにして震えていました。
下から家族のあぁーという声とおもにガラスの割れる音が…
食器棚の戸が開き、ガラスコップが大量に落ち、床がガラスの山に…
家族の部屋の時計が落ち、机の上に置いていたガラスが割れました。
納戸は本棚が倒れ、もうめちゃくちゃに…
隣の祖父宅の納戸は本棚が倒れと扉が開かなくなり、翌日ドリルとノコギリでドアを破壊しました。
これのどこが震度3なんだ…
地震警報器君、この後の余震もずっと震度3と言い続けて、
たまに震度4と言ったりしています(汗)
震度3で強い地震だったり、震度4と言って何も来なかったりするので
警報が鳴るたびに大きい揺れが来るのか!??とドキドキです。

さて、その日ですが、急いでPCを立ち上げ電車状況を見たら、すべて運転見合わせ…。
職場に指示を仰ぐのに、携帯は通じず、家の固定電話から電話すると
まだ固定電話は通じて、何とか連絡が!!
でもその時はまだ職場の方もバタバタしていたので、折り返し連絡するからということで
一回電話を切りました。
そしたらそれ以来、もう固定電話も通じなくなりました。
しばらくしてから、メールだけ通じるようになり、大量にメールが入りました。
その中に、他に夜勤者が確保できないから、何とかタクシーで来てという連絡が(汗)
タクシータクシーと最寄駅に行きましたが、
駅は余震で危険だからと、ロープが張られ立ち入り禁止に…。
その駅の周りをぐるっと囲むようにタクシーの列が…
並んだは良いのですが、ものすごい行列でいつ乗れるか見当もつかない。
上司に連絡すると、職場まで車だと30分ぐらいだから、迎えに行くとのこと
でもその迎えが到着するのに4倍の2時間かかりました…。
渋滞で全く車が動かなかったそうです。

その間、タクシー乗れたら乗ってということで、タクシーの列に並んでいたのですが、
『今薬局で買ってきたから』と、おばちゃんが近くに並んでいた人にカイロを配ってくださいました。
この日はドンドン寒くなってきたので、本当に助かりました…。人の優しさが心にしみました。
並んでいる横で、駅員さんに、泊まるところないか、どうにか最寄駅まで行ける手段はないかと聞いている
杖を持ったおばあちゃんが…。足が悪いようで、このものすごいタクシーの列にも並ぶことができず
途方に暮れていました…。こういった方に優先してタクシーに乗っていただけないものか…。
私はこの後上司の連絡でその場を離れたので、何の力にもなれなかったのですが、
大丈夫だったか気がかりです…。

やっとの思いで上司と合流ができ、
上司が行きの反省を生かして、裏道を駆使しましたが、職場に到着するまで更に1時間30分強。
途中停電でシャッターの閉まっている駅や、暗い街中。
帰宅難民で歩いている方、帰れず解放されている市民ホールに向かう人の列を見ました。

幸い職場の方はあまり被害がなかったとのことで、みんな落ち着いていたので良かった…。
無事にその日の夜勤を終え、夜勤終わった~何て気軽な気持ちで家に帰り、TVを見ていると、
どんどん明らかになって行く信じられない被害の様子…どんどん怖くなりました…。
私の父の実家は福島の南相馬市です…。近い親戚はもうみんな移り住んでいるので
南相馬には居ないのですが、父のいとこが何人かいます。
祖父方の親戚は無事が確認できましたが、祖母方の親戚はまだ1名分からないとのこと…。

福島の相馬・いわきには学生の時に大変お世話になった方々がいます。
宮城には、卒業後地元に戻り就職した友達がいます。
そちらは、みんな無事が確認できましたが、
相馬の先生は今大変な状況の様です…。

南相馬は自分のルーツでゆかりのある所で、縁あって、学生時代もお世話になったので、とても心配です。
強い余震もまだまだ続いています。
そして原発…どうか最悪の事態になりませんように…。
原発の避難のため、津波で亡くなられた方の遺体の捜索もままならないとも聞きます。
そのままになっている遺体を思うと、もう…。
(津波の被害は6号線が境になったようです。私の親戚は6号線より山側だったので、家は無事だったとのこと…。
ただ、原発から30km圏内です。昨日テレビで、その町が映っていましたが、本当に人一人外を歩いて居ない…。
しかも政府からは自主避難の呼びかけ…どうするんだろう…大丈夫かな…。)

職場の方は、地震の週明けから始まった計画停電で、色々対応が変わっていますが
幸い、まだ計画停電は実行されていないため、ご利用者様の大きな混乱もなく
落ち着きを取り戻してきました。
ただ色々ご利用者様に我慢をしていただいています。
この生活がいつまで続くかわからない中、スタッフは良いのですが、
ご利用者様のストレスを思うと、みんな大丈夫かとても不安で心配です…。

こころはというと、地震の時は震えていましたが、その後は全く変わりなしです。
ただ、警報器が鳴ると、私が必死にこころを抱っこしに行くからか、
あまり束縛されるのが好きでなく、”抱っこ”のコマンドの時に、いちいちちょっと葛藤するこころが
素直に自ら抱っこされに来ます。やっぱりちょっと異常を感じているのかな!??
とにかく、警報器=何か異常なことが起こる ということは理解したようです。


またちょっとずつですが、休んでいる間に溜まった記事(地震前からかなり溜まっているので…)をUPしていきたいと思います。
相変わらずのゆっくり更新になってしまうとは思いますが
またよろしくお願いいたします。


こころの相方・こころ
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プロフィール

こころの相方

Author:こころの相方
名前:こころ
年齢:6歳
誕生日:2006年7月10日
性別:女の子
ボール大好き!!元気いっぱいの女の子です♪

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